志賀原発を廃炉に!訴訟 原告団ホームページ

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2026年3月5日
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恥ずかしくないのか、こんな判決

3月4日、志賀原発株主差止め訴訟(富山訴訟)の判決が富山地裁で言い渡されました。

午後3時に開廷された法廷では、裁判長(矢口俊哉)が「原告らの請求を棄却する」、「訴訟費用は原告らの負担とする」と述べただけで、わずか1分で終りました。
傍聴席から「(判決)理由くらい言いなさいよ!」、「恥ずかしくないのか」といった怒号が飛び交う中、裁判官らは逃げるようにして法廷奥の扉の向こうに去っていきました。

その後、原告・支援者・弁護団・報道関係者らは近くの富山弁護士会館に集まり、報告集会を開催しました。
その中で岩淵弁護団長は「2011年3.11福島原発事故で崩壊した原発の安全神話が復活した印象で、極めて杜撰(ずさん)な判決だ」と述べ、厳しく批判しました。

判決要旨
判決では「取締役の判断に多少の問題があっても、原子力規制委員会で審査されるから大丈夫」としていますが、規制委員会がそんな万全の安全性を担保する機関なのか、ということはわれわれがこれまでも法廷で何度も指摘してきたところです。最近でも、中部電力の基準地震動のデータ捏造問題で、規制委がそれを全く見抜けなかったことが明らかになっています。

弁護団は「一審判決に対する弁護団声明」を、原告団は「不当判決に対する原告団声明」をそれぞれ発表して、上級審に控訴してたたかう意思を表明しました。

 

※上は朝日新聞(3/5)
左は北陸中日新聞(同)

2026年1月20日
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規制委員会に電力会社の不正を見抜く力はない!

1月19日、金沢訴訟第47回口頭弁論が金沢地方裁判所で行われました。
この日は降雪前の雨になる予報でしたが何とか持ち直し、原告・サポーターらは午後1時半に石川門下の白鳥路利家像前に集まって、横断幕やアピール板を掲げて裁判所まで行進しました。

この日の原告意見陳述は山先敬子さん。
能美郡市の小中学校で38年間教師を勤めてきた山先さんは、2011年東日本大震災の大地震と沿岸部を襲った津波、そして福島第一原発の爆発事故をTVで見、「やはり原発は安全ではなかった、地震に耐えることができなかった」と衝撃を受けました。
その後、岩手県大船渡市にボランティア活動に行き、被災の現場を目の当たりにします。首まで水に浸かり、鴨居につかまって九死に一生を得たという体験談も聞きました。また福島県相馬市の酪農家が「原発さえなければ」と書き遺して自死したことに胸が締め付けられ、自然が目に見えない放射能によって汚染され、食に関わる営みがが奪われてしまったことに愕然としました。
手取川の恵みを受けた肥沃な土壌と豊かな水を使って作られた安全でおいしい食べ物を提供する仕事をしたいと、退職後小松で居酒屋を始めた山先さんは「世界でも有数の地震国である日本にはもとより、地球上に原発はいりません」と訴えました。

今回原告弁護団は第62準備書面―能登半島地震で明らかになった志賀原発の脆弱性および被告の技術的能力の欠如―を提出しました。
その中で、2024年1月1日に発生した能登半島地震では、志賀原発で震度5弱、最大加速度399ガルと基準地震動を下回り、「想定内の地震動」であったにもかかわらず、変圧器からの油漏れ、使用済み核燃料プールからの水の拡散、高圧電源車使用箇所の段差発生など、重大なトラブルが数多く発生したことを明らかにし、志賀原発が稼働していたら、また震央がもっと原発に近かったら、より深刻なトラブルが生じ、重大事故に至っていた可能性が十分にあったことを指摘しました。
一方被告側は準備書面(38)を提出、過去のいくつかの判例を紹介しながら「原発事故が起こる具体的な危険性が立証されなければ、避難が不十分であることを指摘しても原発を差止めることはできない」と主張しました。

これを受けて裁判所は原告・被告双方に次回の予定を訊ね、原告側は今回の補充主張(放射性物質拡散の影響)を提出するとともに被告(37)(38)書面への反論も検討する、と述べました。また被告側は規制委員会での審査状況について書面を提出する、と述べました。
裁判所は第三次提訴と第一次・第二次の審理を併合して行なうことを表明、次回期日を、4月27日(月)午後2時からの開催と決めて終了しました。

口頭弁論終了後、原告・サポーター、弁護団、報道陣らは香林坊の県教育会館2階ホールに会場を移して報告集会を開催、マスコミ関係者を含め約40人が参加しました。
この集会の中で原告団長の北野 進さんは、昨年10月に発覚した志賀原発での核物質防護違反について、規制庁志賀事務所や石川県、北電本社で追及したことを報告しました。
また、昨年末に国土地理院が公表した志賀原発敷地内を走る推定活断層について、規制委員会の審査に甘い期待を寄せるのではなく、「規制委の手抜き検査、政権忖度検査を許さない法廷内外の私たちの運動が大切だ」と述べました。
年が明けてから報道された浜岡原発のデータ不正問題については「中部電力の内部通報がなければ、規制委員会が不正を見抜けなかったことを示している」と指摘し、この問題を他の原発にも「水平展開」することを求めていく、と表明しました。


北陸中日新聞(1/20)

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2025年11月18日
by ok
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「第三次提訴」を行ないました

11月17日、私たちの「志賀原発を廃炉に!訴訟」は新たな一歩を踏み出しました。
このたび「第三次原告団」に加わった原告らは12時30分に兼六園下に集合、横断幕を掲げて金沢地裁まで行進しました。
そして満を持して金沢地裁に訴状を提出、その後金沢白鳥路ホテル山楽に会場を移して、第一次・第二次の原告やサポーター、弁護団とともに、報告集会・記者会見を行ないました。

この訴訟は2012年6月に原告120人で金沢地裁に提訴し、翌2013年に福島からの避難者5人を加えて第二次提訴を行い、現在までに46回の口頭弁論が行なわれています。私たちは毎回原告意見陳述を行い、さまざまな観点から志賀原発の危険性を訴えてきました。
しかしながら、提訴から13年が経過したにもかかわらず、未だに結審に至っておらず、裁判所は司法の独立を放棄したかのように、原子力規制委員会の判断を待ち続けるという姿勢に固執しています。

報告集会の冒頭で北野原告団長はこの第三次訴訟のねらいを、原告団組織と運動の強化であると述べるとともに、昨年の能登半島地震でこの裁判の潮目が大きく変わったことを指摘しました。北野さんは新たな原告が、これまでの石川富山や福島からだけでなく、能登在住者や北陸三県、そして全国で原発訴訟をたたかう仲間の代表が加わったことも明らかにしました。

その後、新原告を代表して4人の方が決意を述べました。
珠洲から新たに加わった若い落合さんは小学生のとき珠洲原発闘争を経験し、大人たちが真剣にたたかっている姿を見ながら育ってきました。落合さんは昨年の能登半島地震の震源が珠洲原発予定地の高屋・寺家のすぐ近くだったことに触れ、もしあそこに建っていたら多分私たちは生きていないだろうし、陸路からも海路からも助けに来てもらえないことがよくわかったと語りました。そして、自分のもっと下の世代にもこの裁判に興味を持ってもらえるよう、原告の一員として活動していきたいと力強く決意を表明しました。

 

 

 

左は朝日新聞(11/18)、右は北陸中日新聞(同)
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