志賀原発を廃炉に!訴訟 原告団ホームページ

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2014年7月24日
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大飯判決学習会を開催しました

7月23日、石川県教育会館(金沢市香林坊)で「―大飯差止判決の意義を学ぶ―講演と学習会」が開催され、石川富山の原告・サポーター、市民ら約80人が集まりました。
学習会は「大飯原発訴訟・福井地裁判決の意義」と題した鹿島啓一弁護士の講演を中心に進められました。鹿島弁護士は大飯原発訴訟弁護団のメンバーで、志賀原発訴訟弁護団の一員でもあります。201407大飯判決学習会 012hh

講演の中で鹿島さんは3.11福島原発事故以前の原発訴訟を振り返り、2勝30敗とほとんどが住民側敗訴であったこと、その2勝が1985年もんじゅ名古屋高裁金沢支部判決と1999年志賀原発2号機の第一審判決で、いずれも金沢で言い渡されたことを紹介しました。
そして住民側が負け続けた理由として、判断枠組の問題を指摘しました。従来の裁判における判断枠組というのは、被告電力会社あるいは国が安全基準の合理性、安全基準の適合性を立証すれば一応安全と認めるものでした。原告住民がそれでも危険だと言うならそれを立証せよ、と住民に大きな負担を課していました。判断過程では専門家の判断が尊重され、裁判所の姿勢はきわめて消極的でした。
3.11福島事故後初めての司法判断が同じ枠組を踏襲するのか否か、それが大きな問題でした。
この点について大飯判決では、「本件訴訟においては、本件原発において、生命を守り生活を維持する利益という根源的な権利がきわめて広範に奪われるという事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる」と述べ、きわめて積極的な姿勢がうかがえます。
また従来の裁判例では過度に尊重されていた行政審査についても、「新規制基準への適合性や原子力規制委員会による新規制基準への適合性の審査の適否という観点からではなく、上記理(具体的危険性が万が一でもあるか否かが判断の対象とされるべきこと)に基づく裁判所の判断が及ぼされるべきこととなる」と述べています。
そして従来の判断枠組では科学的な専門家の意見が尊重されていたわけですが、大飯判決は「上記理に基づく裁判所の判断は必ずしも高度の専門技術的な知識、知見を要するものではない」と述べています。

大飯判決は人格権について、「生命を守り生活を維持する利益は人格権の中でも根幹部分をなす根源的な権利」であると指摘しています。また「原子力発電所の稼働は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由に属するものであって、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべき」とも指摘しています。
そして「大きな自然災害や戦争以外で、この根源的な権利がきわめて広範に奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定しがたい」と原発の特殊性について述べています。
これらの理由から大飯判決は「生命を守り生活を維持する利益という根源的な権利がきわめて広範に奪われるという事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば、その差止めが認められるのは当然である」という判断枠組を最終的に提示しています。

こうした判断枠組によって、大飯判決は具体的に3つの危険性を認めました。第一に想定を超える地震が到来する危険性、第二に地震による冷却機能喪失の危険性、第三に使用済み核燃料の危険性です。
鹿島さんは3つの危険性について詳しく説明した上で、論理的帰結として、これらは大飯原発のみならず、日本全国のすべての原発に共通する危険性だということを明らかにしました。

鹿島さんは判決文の中で自らがとくに感動した箇所として「たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流失や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である」というくだりを紹介しました。
そして川内原発が今まさに再稼働に向けて緊迫した動きを見せていることに触れ、大飯判決から学ぶたたかい方についても意見を述べました。「まずはあまり科学的専門的に細かいことを話さなくてもいいのではないか。私たちが原発に反対するに至ったのは、そんな細かい話ではななかったはず。原発が他の災害とは比べものにならない被害を及ぼすこと、後世に大きな負の遺産を残すこと、都市と地方の差別や、世代間の差別など。そうしたことを多くの人にわかってもらうためには、わかりやすいことを言えばいい。電力会社がすでに認めていることの中にも、『それで本当にいいんですか』と疑義を差し挟む余地がいくつもある。大飯判決はそれを3つほど指摘したわけで、たたかう際にもこういったわかりやすい話を用いてはどうか」と提案しました。

鹿島さんは最後に「どの実も大切な個性です。子育てをするお母さんは子育てを通じて、ビジネスパーソンはビジネスを通じて、職人さんは物作りを通じて、そして芸術家は芸術を通じて、ご自身の活動を通じて、その能力と個性によってできることがあるはずです。それぞれが自分の生活の場から『反原発』『反差別』を発言してくれるようになれば、きっと原発は止められるし、いつか社会は変わるだろうと思います」という小出裕章さんの言葉を引用しました。そして「私も今できることを模索して、みなさんと力を合わせて頑張っていきたい」と締めくくり、満場の拍手を浴びました。

講演の後、参加者と鹿島弁護士との間で多くの質問や意見がやりとりされ、2時間足らずでしたが、たいへん内容の濃い学習会になりました。
201407大飯判決学習会 010hh

 

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2014年6月3日
by ok
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志賀原発周辺の断層を視察しました

6月1日、新潟大学の立石雅昭名誉教授(地質学)の案内で、志賀原発周辺の活断層の視察をおこないました。今回の訴訟では、志賀原発直下や周辺の活断層の評価が大きな争点です。ところが活断層の現場を見たことのない原告が多くいます。自ら現地を確認し理解を深めることで、原告団の運動の輪をさらに広めていこうと企画しました。ちょうど弁護団も、次回(7月10日)の第10回口頭弁論に向け活断層問題での準備書面を用意しているところであり、現地を確認したうえで書面を完成させたいとの要望もあって、当日は石川・富山から原告13人、弁護団からも6人が参加しての視察となりました。立石先生にはこの間も弁護団の学習会などで協力してもらっています。

9時半に志賀町役場前に集合。車を乗り合わせての移動で、まずは志賀原発前の物揚げ場横の断層を視察。海岸線に沿って走るK1、K2断層や北西から南東に走るK4断層などが交差している場所です。北電はこの断層を海岸の浸食作用によってつくられた「シーム」としており、原発敷地内も同様に「シーム」が交差していることから断層ではないとしています。

しかし、割れ目の方向が2つに分類され、「シーム」の海側に凸凹の岩が並ぶ中、直線状に数百メートルの波の浸食ができることは明らかに不自然。K1の割れ方を見ると明らかに原発敷地(陸域)方向に傾斜しています。「シーム」とするのは北電の勝手な思い込みとしか思えません。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA立石先生は、活動時期は不明だが典型的な共役断層であり、北電は活動時期だけでなく断層の規模や原発への影響も含め徹底的に調査すべきだと批判しています。

 

 

 

 



次なる視察地点は福浦新灯台下の断層群と海食ノッチ(波の浸食作用によってできる窪み)。

たくさんの断層が斜交しているのが一目瞭然。
いつの時代に、どのような力が加わってできたのか不明。北電は調査すらしていません。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA陸地側をみるとこのように窪みが様々な高さで確認できます。このような海食ノッチは、海面高度付近で波に削られてつくられます。この岩石海岸はこの辺りが複数回にわたって隆起したことを示しています。
問題は最後の隆起がいつごろかということです。同様の地形が見られる越前海岸や室戸半島では発見された貝殻の化石から年代が特定されていますが、残念ながらこのあたりからはまだ化石が見つかっていません。ただ、海食棚の状況から6000年前以降に地震で隆起している可能性が強いと立石先生は指摘しています。
6000年前といえば縄文時代。かなり新しい時代に大きな地震が能登半島を襲っている可能性が強いといえます。これについても北陸電力の調査はありません。
 
福浦から景勝地「巌門」に向かい、次なる視察地点はレストラン巌門の手前の道路わき斜面です。標高38m地点に海成堆積物が確認できます。北電がこの辺りには存在しないとする海成中位段丘堆積物で、12~13万年以降に隆起したことを示しています。
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 昼食後、急峻な階段を下り、巌門の海岸へ。ここにも鋭い断層が見られます。

 

 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERAそして降りてきた斜面を見ると、さきほどの福浦より明らかに高いところまで続く海食ノッチが確認できます。最も高いところでは12.2mとのことです。

多くの海食ノッチが確認できますが、これは横に並んだ海食ノッチ。北側の方が高くなり、より大きく隆起したようにも見えます。

 志賀原発からさらに北に向かい志賀町牛下(うしおろし)地内の壁面。

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標高42mの地点に海成堆積物が確認されます。粒子の淘汰度や円磨の度合いなどから、川砂ではなく海砂だと確認できます。石灰質団塊や黒ずんだ酸化マンガンなどもみられ、これらも海砂の特徴とのことです。

 


OLYMPUS DIGITAL CAMERA続いて富来港入り、ここでも海食ノッチを確認します。4段に分かれ、一番上は巌門よりさらに高く17.2mのところにまで確認できます。

 

 

 

 

富来川の北部(富来川南岸断層の北側)である志賀町富来八幡に入ります。

志賀原発の敷地と同じく標高22mのところに海成砂を確認します。
志賀原発から富来川南岸断層に向かってより高く隆起していましたが、ここでガクンと下がります。富来川南岸断層の存在を示していますが、北電は福浦から富来港にかけての中位段丘面を否定していました。

最後の視察箇所は、昨年暮れに北電がようやく活断層と認めた福浦断層。志賀原発の東側わずか1.4キロにあり、長さは約2.7kmとされています。
車を止めて山道を歩くこと約20分。ここは活断層の北端あたり。この地点の調査をもって北電は活断層ではないと言い張ってきましたが、活断層南端の露頭が新たに発見され、その形状から活断層だと認めざるをえなくなりました。
北端のこの地点についても、活断層を否定した北電の解釈には無理があると立石先生は指摘します。
 
1967年の計画発表以来、北電は志賀原発周辺の活断層の存在を否定していました。しかし、富来川南岸断層の存在を否定できなくなり、さらに福浦断層についても活断層であることを認めました。今回の視察を通じて、志賀原発周辺にさらに数多くの活断層、そして地殻変動の痕跡があり、その年代の特定や規模、形成されたメカニズムなどについて、ほとんど解明されていないことがわかりました。立地にあたっての北電の調査がいかにずさんであったか、あらためて明らかになったといえます。
訴訟では以上のような問題点、疑問点をさらに追及し、差し止めに追い込まなければなりませんし、原子力規制委員会がこのような点を不問にして再稼働のゴーサインを出すことなど絶対に認められません。
2014北陸中日新聞 6/2

 

 

 

 

北陸中日新聞 6/2
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