志賀原発を廃炉に!訴訟 原告団ホームページ

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2026年5月10日
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◇5月23日(土)原告団総会

2026年度 原告団総会
◇日時 5月23日(土)13:30~
◇会場 石川県地場産業振興センター本館3F第3研修室
◇議案 2025年度活動・決算報告
    2026年度活動方針・予算・役員改選ほか
◇記念講演 おしどりマコ&ケンさん「なぜ芸人が原発事故の取材を始めたか」

2026年4月29日
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十数年経っても判断が示されない裁判は違憲では?

4月27日、金沢訴訟第48回口頭弁論が金沢地方裁判所で行われました。
朝からの雨も何とかあがり、原告・サポーターらは午後1時半に石川門下の白鳥路利家像前に集まって、横断幕やアピール板を掲げて裁判所まで行進しました。

開廷後、最初に原告団副団長の盛本芳久さんが原告意見陳述しました。
盛本さんは「この訴訟が提起されてから十数年経過しても裁判所が判断を示していない。これは『違法・違憲』状態ではないか」と投げかけ、現代の不安定な国際情勢の下では、原発は単なるエネルギー供給施設にとどまらず、安全保障上の重大なリスク要因だと指摘しました。
そして「世界農業遺産に認定された能登の里山里海の復旧と復興の努力が続けられ、今秋、環境に配慮した田んぼにトキが放鳥される。このような取り組みに、安全に不安を抱え一瞬のうちにすべてを台なしにしてしまうかも知れない志賀原発は存在してよい施設なのか?」と問いかけ、司法は原子力規制委員会の行政判断を追認するのではなく、国民の生命身体の安全を守る最後の砦としての役割を果たすよう求めました。

今回から、裁判官が3人とも替わりました。
原告弁護団は第65準備書面(浜岡データ捏造問題から導かれる本訴訟の進め方)を鹿島弁護士が、第64準備書面(避難計画に関する主張の補充)を北島弁護士が、それぞれパワーポイントを使って要約陳述しました。
また、被告弁護団は「弁論の更新に当っての意見書」を提出、新規制基準適合性審査における原子力規制委員会の判断が出た後、その判断を踏まえた審理・判断がなされるよう求めました。裁判は次回期日を9月7日(月)午後2時から行なうことを決定して終了しました。

その後、裁判所と原告・被告双方の弁護団とで次回以降の進行協議が行なわれました。
そこで裁判所から、「この裁判は非常に長くかかっているので、終局に向けて留意したい。ついてはこの訴訟の全体像を早期に把握したいので、これまでの主張を要約してもらえないか」という要請があったということです。

口頭弁論終了後、原告・サポーター、弁護団、報道陣らは隣の金沢弁護士会館2階ホールで報告集会を開催、マスコミ関係者を含め約40人が参加しました。

 

 

北陸中日新聞(4/28)

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2026年3月29日
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「このまま廃炉だ!県民集会」を開催

3月28日(土)午後1時半より、石川県地場産業振興センター2階研修室に約110人が集まり、原告団やさよなら志賀原発ネットワーク、県平和運動センターなどの主催で県民集会が開催されました。
集会の第1部は、小木曽 茂子さん(さようなら柏崎刈羽原発プロジェクト代表)の「異議あり!柏崎・刈羽原発再稼働」と題した講演です。
小木曽さんは、2024年11月~25年1月の「柏崎・刈羽原発再稼働の是非を問う新潟県民投票条例の直接署名請求運動」の活動をパワーポイントで説明しました。そこでは花角知事(初めての自民党知事)が、最初の選挙で「原発問題を争点化しない」と言っていたにもかかわらず、原発賛成派を利用しながら再稼働に向けて次々と布石を打っていった経緯などを詳しく紹介しました。

第2部は「今こそチャンス―志賀原発廃炉への取組み―」と題したパネルディスカッションです。

原告団長の北野 進さんがコーディネーターを務め、パネラーには能美市で小学校教師をしている劔村 亮太さん、16年前に東京から珠洲に引越してきたJICA国際協力推進委員の中谷 なほさん、志賀町出身で四人の子どもを育てながら化学物質過敏症に苦しむ辻井 みゆきさん(のとじょ)、そして小木曽さんもパネラーに加わりました。
日本に60基(建設中の3基を含む)ある原発のうち24基はすでに廃炉が決まっており、日本はこれから廃炉の時代に入ります。志賀原発は新規制基準適合性審査がまだ入り口の段階にあり、仮に合格したとしても安全協定に基づく地元合意や避難計画など、再稼働に至るまでにたくさんのハードルがあります。とりわけ、年明けに判明した浜岡原発の基準地震動偽装問題は、福島事故後の原子力規制行政の根本的な欠陥を明らかにしました。
パネルディスカッションでは、とくに30~40代のパネラーから、この運動をどうやって広げていったらいいのか、さまざまな意見を聴きながら新しい発想を交流することができました。

 

北陸中日新聞(3/29)
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