志賀原発を廃炉に!訴訟 原告団ホームページ

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2014年6月3日
by ok
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志賀原発周辺の断層を視察しました

6月1日、新潟大学の立石雅昭名誉教授(地質学)の案内で、志賀原発周辺の活断層の視察をおこないました。今回の訴訟では、志賀原発直下や周辺の活断層の評価が大きな争点です。ところが活断層の現場を見たことのない原告が多くいます。自ら現地を確認し理解を深めることで、原告団の運動の輪をさらに広めていこうと企画しました。ちょうど弁護団も、次回(7月10日)の第10回口頭弁論に向け活断層問題での準備書面を用意しているところであり、現地を確認したうえで書面を完成させたいとの要望もあって、当日は石川・富山から原告13人、弁護団からも6人が参加しての視察となりました。立石先生にはこの間も弁護団の学習会などで協力してもらっています。

9時半に志賀町役場前に集合。車を乗り合わせての移動で、まずは志賀原発前の物揚げ場横の断層を視察。海岸線に沿って走るK1、K2断層や北西から南東に走るK4断層などが交差している場所です。北電はこの断層を海岸の浸食作用によってつくられた「シーム」としており、原発敷地内も同様に「シーム」が交差していることから断層ではないとしています。

しかし、割れ目の方向が2つに分類され、「シーム」の海側に凸凹の岩が並ぶ中、直線状に数百メートルの波の浸食ができることは明らかに不自然。K1の割れ方を見ると明らかに原発敷地(陸域)方向に傾斜しています。「シーム」とするのは北電の勝手な思い込みとしか思えません。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA立石先生は、活動時期は不明だが典型的な共役断層であり、北電は活動時期だけでなく断層の規模や原発への影響も含め徹底的に調査すべきだと批判しています。

 

 

 

 



次なる視察地点は福浦新灯台下の断層群と海食ノッチ(波の浸食作用によってできる窪み)。

たくさんの断層が斜交しているのが一目瞭然。
いつの時代に、どのような力が加わってできたのか不明。北電は調査すらしていません。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA陸地側をみるとこのように窪みが様々な高さで確認できます。このような海食ノッチは、海面高度付近で波に削られてつくられます。この岩石海岸はこの辺りが複数回にわたって隆起したことを示しています。
問題は最後の隆起がいつごろかということです。同様の地形が見られる越前海岸や室戸半島では発見された貝殻の化石から年代が特定されていますが、残念ながらこのあたりからはまだ化石が見つかっていません。ただ、海食棚の状況から6000年前以降に地震で隆起している可能性が強いと立石先生は指摘しています。
6000年前といえば縄文時代。かなり新しい時代に大きな地震が能登半島を襲っている可能性が強いといえます。これについても北陸電力の調査はありません。
 
福浦から景勝地「巌門」に向かい、次なる視察地点はレストラン巌門の手前の道路わき斜面です。標高38m地点に海成堆積物が確認できます。北電がこの辺りには存在しないとする海成中位段丘堆積物で、12~13万年以降に隆起したことを示しています。
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 昼食後、急峻な階段を下り、巌門の海岸へ。ここにも鋭い断層が見られます。

 

 

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERAそして降りてきた斜面を見ると、さきほどの福浦より明らかに高いところまで続く海食ノッチが確認できます。最も高いところでは12.2mとのことです。

多くの海食ノッチが確認できますが、これは横に並んだ海食ノッチ。北側の方が高くなり、より大きく隆起したようにも見えます。

 志賀原発からさらに北に向かい志賀町牛下(うしおろし)地内の壁面。

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標高42mの地点に海成堆積物が確認されます。粒子の淘汰度や円磨の度合いなどから、川砂ではなく海砂だと確認できます。石灰質団塊や黒ずんだ酸化マンガンなどもみられ、これらも海砂の特徴とのことです。

 


OLYMPUS DIGITAL CAMERA続いて富来港入り、ここでも海食ノッチを確認します。4段に分かれ、一番上は巌門よりさらに高く17.2mのところにまで確認できます。

 

 

 

 

富来川の北部(富来川南岸断層の北側)である志賀町富来八幡に入ります。

志賀原発の敷地と同じく標高22mのところに海成砂を確認します。
志賀原発から富来川南岸断層に向かってより高く隆起していましたが、ここでガクンと下がります。富来川南岸断層の存在を示していますが、北電は福浦から富来港にかけての中位段丘面を否定していました。

最後の視察箇所は、昨年暮れに北電がようやく活断層と認めた福浦断層。志賀原発の東側わずか1.4キロにあり、長さは約2.7kmとされています。
車を止めて山道を歩くこと約20分。ここは活断層の北端あたり。この地点の調査をもって北電は活断層ではないと言い張ってきましたが、活断層南端の露頭が新たに発見され、その形状から活断層だと認めざるをえなくなりました。
北端のこの地点についても、活断層を否定した北電の解釈には無理があると立石先生は指摘します。
 
1967年の計画発表以来、北電は志賀原発周辺の活断層の存在を否定していました。しかし、富来川南岸断層の存在を否定できなくなり、さらに福浦断層についても活断層であることを認めました。今回の視察を通じて、志賀原発周辺にさらに数多くの活断層、そして地殻変動の痕跡があり、その年代の特定や規模、形成されたメカニズムなどについて、ほとんど解明されていないことがわかりました。立地にあたっての北電の調査がいかにずさんであったか、あらためて明らかになったといえます。
訴訟では以上のような問題点、疑問点をさらに追及し、差し止めに追い込まなければなりませんし、原子力規制委員会がこのような点を不問にして再稼働のゴーサインを出すことなど絶対に認められません。
2014北陸中日新聞 6/2

 

 

 

 

北陸中日新聞 6/2
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